演技と距離〜ゆるゆりが面白い〜

中島千明面目躍如の『ゆるゆり』。まずかわいい。そしてかわいい。仕草もかわいい。そしてかわいい。
それに加えて「あぁ、動くんだろうなぁ」という期待も抱かせるデザインである。
ただし、そういうかわいいキャラクターを見せようとすることで生じる問題もある。
「キャラありきでは作品は死ぬ」が、乗り越えることも出来るのだ。

キャラクター/登場人物を見せるということ

役者や歌手、登場人物に共感できるかはとても重要だ。共感は好意につながりやすい。
たとえテーマや手法がなんであれ、彼らに共感させることが出来ればそれだけで引っ張ることができる。
つまり、物語は追えなくても最低限のストーリーは見えて、そしてお目当ての登場人物をより多く見ることが出来れば成り立ってしまうのだ。


ライブやスターを起用した芝居(タレント等を起用すること自体が大切なもの、原作への関心が強いもの)への動員が少なくないように、近さというのが一つのポイントになる。*1
他の媒体に比べカメラのあるもの(目を代替するもの)、写真や映像においてはそれは容易にできることである。それはアップやバストショットを多用する表現であり、実際に多用されている。


近づけばそれだけ細かな仕草や顔色、視線までハッキリ分かるので、心情表現に優れており、余計な台詞も省略できる。また、余白が小さくなるので圧迫感からの緊張を見せるのにもよい。*2しかし、ここではそういったシーンに影響されるものではなく、単純に顔のアップ(バストショット含む)*3が使われたときやそれが多い場合について見ていきたい。
顔を大きく見せると情報や構図を制限されてしまうので、持たせるための工夫として、情報を付加していく方法や動きの少ないカットで割っていくという方法がある。後者はリズムを調整するためであるが、あまり見所がないモノでも気にならず、単純な切り返しを使えば省エネにもなる。

距離と演技

では、そのように距離が縮まってはいるが、ある種抑えられた部分があるところでの演技はどうなるか。
役者でございな演技は嘘くさすぎてだめだ。決してナチュラルな演技や稚拙な演技がいいというわけではないが、距離によって内世界のリアルだって変容する。幅のない演技はキャラクターも作品も殺す。*4
逆に引きやボイスオーバーで拙い演技だと見ていられないのは言うまでもない。

その点で今期の『ゆるゆり』はとてもよい。声優の演技・キャラクターと画面での距離感が見事である。*5
カメラと被写体の距離と作品と観客の距離の2つがあるので一概に言えるわけではないが、ゆるゆりにおいては彼女たちの様子をより近い距離から見られるようになっている。同じ場所にいるような感覚や誰かに肩入れするようなわけでもなく、彼女たちを見るのだ。
また、その中で変化もあるのだがドラマチックなものではない。その中でのやり過ぎない声の演技は違和感なく伝わってくる。
それでもとても仕草が細かくて見所が多い作品ではありますし、全身の動きもよく見られるものなので、このくらいの演技がちょうどいい。
それよりも妄想やみらくるんなどのシーンでは変化をもう一つ用意する必要があるかもしれないけれど。


ところで、物語を簡単に整理すると下記のようになると思うので、演技とは異なるところでのキャラクターの扱い方はよいのではないかとか思っていたりもします。

A:ペア  →  A':合体
  ↑        ↓
B’:分割  ←  B:グループ


その他

冒頭がアレなのでいかにも今の多くの番組がダメみたいな感じだけど、そんなことはない。
工夫した見た目作りを行い、それに見合った演技を使い分けられる役者もいる。*6
しかし、制限された中では表現が洗練していくことはあるとはいえ、根本のところにあるアレばかりが求められるようになると、本当に終わってしまうんじゃなかろうかとも思う。
だって、そこでどんなにリッチにしても元が貧乏なのだから。


たぶん、キャラクターモノやタレントモノとかに対する危惧はここが一番大きい。*7
だから、劇場版けいおん!!にはとてもとても期待しているのです。

*1:関係ないけど、もう一つ安定した動員があるのは組織というかムラが形成されているもの。もっと関係ないことだと、方法は沢山あるけどライブ含めて舞台モノは物販が飛ぶように売れない限りはとてもじゃないけどやりくりできない。

*2:直近では神様ドォルズの7話がすごく良かった。

*3:作品の特徴になるパーツ・個人を特徴付けるパーツもある。

*4:そのミスマッチが面白い時もあるけれど、稀であり、そのときはズレによる狙いがあることもある。

*5:視点を変えるとクロワーゼが好みなんですけどね。

*6:人間自ら演じるもの(いわゆるドラマ)で気になることが増えてきたが、役者の問題に限らず、ここ数年で舞台や映像問わず目立ち始めたファンタジックな世界において、上に書いたリアルの変容の捉えきれてない面もあると思う。

*7:こういうのは、私が舞台に足を運んだりそれによって編集前後の状態を見たりする機会が少なからずあり、編集後のものに違和感を持っていることが大きいとは思いますが。