夢喰いメリー第1話「夢現」〜夢の中身の存在は〜

すごいものを見ました。すごいものを見ました。大事なことなので2回言いました。そして2回見ました。
そしてこの「2」は、夢と現・屋内と屋外・主体と客体・実在と不在、かっこ良く言えばシニフィカシオンなんかの問題とも強く結びついてきますし、単純にそういった対になる世界を分けて描いているだけではなく、結びつけようという試みなのだ。
夢喰いメリーを冒頭から順を追って見ていきたい。ちなみに数人でこの一話で語ったことなどはこちら(http://togetter.com/li/87780)。

アバン

・格子の隙間から見える暗闇の中に白い衣装のメリー。そしてその肌に影を落とすカラス。
→出会いや衝突、映しだされるイメージが思い起こさせられる。


・目覚めで瞬くかのような時計塔を見上げて、隙間の光に入り込むメリー。
→ハッキリと分かれているかのようだが、メリーという媒介項で地続きであることを思わせる。ジャンプしたメリーのインサートの絵よいよ!

Aパート

1.夢路の夢
・骨越しにを見下ろす。
→客観できている、つまり主客がしっかりとした世界であることが窺われる。


・しかと掴まれる身体
→ここが現実でないことは明白なのだが、身体を掴まれるという実体の存在がスリリング。


・穴の開いた壁の中の部屋
→猫によって開けられた穴から見える屋内は真っ暗で対比されており、その直後に夢路が目覚める寝室に移る。その部屋では扉から漏れる光で分けられ、二つの世界を意識させる。ここで、目覚めた夢路は影の側に身を置き、学校のトイレのシーンへの布石とも言うべき行動をとっている。


2.現実の世界
・駅
→背景は人物と全く異なるタッチで、そして今度は改札によって場所を分けられる夢路の姿を見ることが出来る。そして、この後に勇魚が向かった方向から電車が来るのはフレーム外から圧力がかかっていて良い。


・メリーのいる町
→メリー以外はモノクロで描かれ、夢路たちの見ている世界とも異なっている。


・学校
→柵越しから始まり、夢路が人間(他者と自分までも)を指穴から覗くまでしっかり境のある世界。瞳に映る像とオーラのようなものが見える指穴越し。レイヤーのそこでは人間に新たな意味付けをしている。*1


・連鎖イメージ
→消しゴム・水・メリー・帽子が落ちる(冒頭のカラスも)、メリーの横断歩道と夢路たちが通う学校の渡り廊下(上で挙げた電車も)。

Bパート

・商店街
→門から入るアーケード街で、またも境界線。そしてメリーの帽子を取り去ることで見えるもの。踏み入った白昼夢の世界での「混ざり合う」「ようこそとお招きありがとう」というようなチェイサーの二重の言葉によって、キャラクターの行動と世界の移り変わりがリンクする。


・チェイサーからの逃走
→沈む足は空間に吸い込まれた状態、不安な状態までも感じさせる。


・再びの空き缶
→隠れた場所に最初に出てきた空き缶が現れる。中身はないが音はなり夢路に血を流させる、実在と不在を思わせるアイテムになっている。また、そこにある壊れた額縁も同様の機能を持っており、こちらはそのガラスに反射した自分を越えてガラス越しに敵対者が現れる。


・メリー登場
→チェイサーと夢路の間に立つメリーはまさに媒介項。そしてカットバックのところのレイアウトがカッコイイ。


・掴む手
→メリーと夢路は戦闘シーンにおいて、それぞれ物を掴みとるが、その手だけに1カット使われており掴みとるという行為を印象深くしている。
メリーは自らの出自の鍵を知っているチェイサーを掴むことは出来ないが、夢路は去ろうとするメリーを掴む。最高の終わり方。*2


メリーさんは歴史が無い(忘れている)のである。夢に出てきた空き缶にメリーを重ねてしまいます。メリーがそれを獲得していく過程*3と対になる夢と現の世界がどのように結びついていくのか必見なのであります!

ワンテンポ遅いタイミングで来る台詞

「また同じ夢」という台詞は、夢が始まったと視聴者が分かるタイミング、つまりAパートの序盤に持ってくるのではなく、夢が覚めてから発言される。*4
駅でが茶化されたときに、言い返すのが台詞一つ分遅く発言される。
これは恣意的に見ると、やっぱりズレを意識させるものなのかなぁと。意図的なのは間違いないと思いますが。

OP

広がる波紋、揺れる身体、メリーの記憶、メリーの目、幼いメリー、塀に入り込むメリー。
上で挙げた事などに関連して考えてみてるのでもう詰め込まれてると思ってるしアクションもリズムもすごい。
そして子供のシーンとてもいいです。

おまけ「対のものを結びつける試みとしての高松次郎

対のものが結びついていくことと、OPでメリーが工事現場の塀に映ったのを見て、私は高松次郎は「影シリーズ」を思い出していました。
影はあるものに光が当たって生じるために、そのあるもの自体が不在なのである。このことによって影という図像(記号)は文脈によって意味付けられていく。つまり、主体の実在と不在が揺れてズレていく問題は見落とせない。
このイメージの問題は宮川淳石子順造中原佑介らが過去に言及しており*5、とても素晴らしい展覧会レビューがあるので、詳しくはそちらを見ていただきたい。http://www.eris.ais.ne.jp/~fralippo/daily/content/200407140001/index.html#cyu1

*1:メリーの見たモノクロの中でも人間に処理が行われ、夢路の下校路も電線の影や影の色などレイヤーを見せている。lain思い出したり。

*2:ラストもまた柵越しに謎な女生徒が映される。

*3:最近だと記事にもしましたが刀語が歴史の獲得

*4:「しつこい」という台詞はありますが。

*5:著作と美術手帖にあった。